2018年4月19日木曜日

ボストンマラソン


先日のボストンマラソンで川内選手が悪天候で有力選手が次々脱落する中、粘走をみせ優勝!
おめでとうございます。栄冠を手にした瞬間の男泣き、心の底から嬉しさがこみ上げてきたのだと思います。同じランナーの端くれとして本当に感動しました。長い低迷期をくぐり抜け日本のマラソン界、一気に盛り上がってきました!
川内選手にしても、大迫選手にしても、設楽選手にしてもそれぞれが自分の流儀を貫き結果を出しているように感じます。
2020年の五輪に向けて、名乗りを上げる選手がまだまだ出てきそうです。

因みに67年前の今日、1951年4月19日田中茂樹さんがボストンマラソンで日本人初優勝しました。その翌々年1953年には山田敬蔵さん、1955年に濱村秀雄さん、1965年には同年のウィンザーマラソンで世界記録を樹立する事になる重松森雄さん、1966年には後のメキシコ五輪で銀メダルを獲得した君原健二さん、1969年には元祖公務員ランナー采谷義秋さん、1981年、1987年には瀬古利彦さんがそれぞれ優勝しています。
川内選手は瀬古さん以来31年ぶり優勝という快挙となり、日本人ランナーの輝かしい系譜に名を連ねることとなりました。
重ねて申しあげますが、優勝まことにおめでとうございます!

ロジャー・バニスター卿 逝去



先月、3月3日に88才で亡くなったそうです。
不可能とされる1マイル4分の壁に挑んだ陸上の大先輩に哀悼の意を捧げます。

2018年4月11日水曜日

剣峠



ロンドン在住のジョナサンとロバートとサイクリング。

Cycling with Johnathan and Robert.

練習:剣峠~五ヶ所~東宮~能見坂峠~久具~宇治

2018年3月8日木曜日

東京マラソン2018



設楽悠太選手、16年ぶりの日本記録更新おめでとうございます!

見ごたえのあるレース、興奮しました。

後半の追い上げは圧巻でした。

軽やかな足取りで先行する選手を次々と抜き去る様は胸がすく思いがしました。



設楽選手は埼玉県の男衾中学校出身なのですが、以前人力車に顧問の先生を乗せたことがあります。私が陸上部あがりの車夫ですと話したところ、設楽兄弟は私の教え子です、と言っていました。



先生の名は川音順子さんで、設楽悠太選手も走る楽しさを教えてくれた恩師と思っているようです。




2018年2月18日日曜日

第11回うまし国三重市町対抗駅伝2018

今日は三重市町対抗駅伝観戦。三重県下の各市町出身選手が10人1組づつ駅伝チームを組み、三重県庁から伊勢市の陸上競技場まで10区間41.695kmを競う大会です。
小学生から社会人までの混成チームとなっており、都道府県駅伝の三重ローカル版といった感じです。
私は最終区、競技場すぐ手前の浦田橋で選手たちが走るのを観ました。
今日は天気はよかったですが、冷たい風が吹き付けるハードなコンディションだったと思います。
懸命に走る選手をみていると、血がたぎってきますね。
練習重ねて実力つけて、伊勢市のチームで走ってみたいと思いました。






2018年2月4日日曜日

Michelangelo and Norman Rockwell

Delphic Sibyl 
システィーナ礼拝堂の天上画のひとつ、デルフォイの巫女。ミケランジェロの傑作のひとつです。ボーイッシュな女の人は倒錯的で独特の魅力があります。

Rosie the Riveter
アメリカの良心を描き続けた、ノーマン・ロックウェル。リベット工のロージー。たくましき女性というのも妖しい魅力があります。
Prophet Isaiah
同じくシスティーナ礼拝堂の預言者イザヤ。構図がそっくりですね。モチーフはここからとったのでしょうか。




2018年1月22日月曜日

世紀の対決 'Miracle Mile' Rodger Bannister V.S. Jhon Landy

Rodger Bannister(left) and Jn Landy(right) in Empire game at Vancouver on Aug.7th 1954

以前記事で1マイル(約1600m)4分の壁を人類史上初めて破ったのは英国のロジャー・バニスター卿と書きました。時は1954年5月6日、所はオックスフォード大学のトラック、記録は3分59秒4でした。その直後の6月21日、フィンランドのテュルクにて豪州のジョン・ランディが3分58秒を出し、世界記録を更新します。
そうなると世間は二人が対決したらどうなるのか、どちらが世界一強いランナーなのか、と俄然耳目が集まってきます。
二人はその年の8月7日、バンクーバーで開催された英連邦大会で雌雄を決することになりました。何万もの観衆が見つめる中、号砲がなります。ランディは300m地点で早くも先頭に踊り出て、レースを引っ張ります。400mの通過は58秒。バニスターはランディの先行を許しますが、徐々にその差を詰めていきます。ランディは迫るバニスターの気配を感じたのでしょうか、何回も肩越しに振り向きながら位置を確認しようとします。
ランディがそのまま逃げ切るのか、はたまたバニスターが爆発的なスパートでランディを抜き去るのか、息の詰まるような、手に汗握るレース展開。
観衆も興奮し、レース会場は割れんばかりの声援で満たされます。この時の歓声が大きすぎてランディは迫るバニスターの足音が聞こえず、最終コーナーで左肩ごしに振り向いたその瞬間、バニスターがランディを一気に抜き去ります。
そのままバニスターが187cmの長身から繰り出されるロングストライドで差を広げ、ゴールテープを切ります。
軍配はバニスターにあがりましたが、二人とも4分を切る好レース。その模様が以下の映像に残されています。
1st   Rodger Bannister  3:58.8
2nd  John Landy           3:59.6




バンクーバーの大会会場には二人の対決を記念して銅像が建てられているらしく、この時の様子を振り返ってランディは聖書の逸話をもじってこう言ったといいいます。
「ロトの妻が振り返ったとき、彼女は塩の柱になってしまった。私はあの時振り返ってしまったために銅の柱になってしまった!」
“When Lot’s wife looked back she was turned into a pillar of salt. When I looked back I was turned into a pillar of bronze!”.

塩の柱 旧約聖書の逸話
 ソドムの町には、アブラハムの甥のロトという人が住んでいました。彼は正しい人だったので、神の使いは、ロトに町が滅びる前に逃げるように言い、ただし、けっして後ろをふり向いてはならないと告げました。ロトは家族を連れて逃げましたが、彼の妻はふり返ってしまったために、塩の柱になってしまいました。そこから、英語表現のa pillar of salt は 「すべてを失うこと」 の意味で使われます。